本人支援って?

この間まで暑かったのが、9月に入って急に涼しい日が増えたような気がします。
ただ台風等の災害も目立ち、災害地域のことは、ニュースでしか入ってきませんが、日本に住んでいる以上他人事ではないなと思わされます。

先週、関市にある障害者支援施設に行きました。私は何人かの成年後見人を務めているのですが、そのうちのお1人がそこで生活しています。生まれついての重い知的障害のある方で、中学生くらいの年から入所されています。

後見人はご本人の財産管理と身上監護を行います。財産管理に比べて身上監護というものはとても難しいと感じます。突き詰めていくと「できる範囲で何が本人にとってより良い幸せな生活や治療になるか」ということを見つけていく必要があります。自分の家族や友人ですら、何がこの人の幸せかと真意をつかむのは簡単ではないのに、意思疎通がうまくできない赤の他人の思いを把握しなければいけないのです。
施設に行く少し前に後見業務に関する研修がありました。研修のテーマが「いかにご本人との信頼関係を築いていくか」というものでした。研修内容は後見相当より軽い補助・保佐の方向けのものでしたが、それでもかなり参考になることが多く、その中で、「代行決定ではなく本人の意思決定支援ができるように」、知的障害の方については、「子ども扱いしない・障害の特徴を理解して気長でゆったりとした態度で」という内容が印象的でした。

私は、上記の方と定期的に面会しているのですが、いつ行っても目を合わせてもらえません。毎日接している施設職員の方と違って、私はいつも「見慣れぬ怪しい人」でしかなく、信頼関係ができていないのが残念なところです。それはこの方に限ったことではなく、私の顔を見た瞬間、物凄い速さで走って逃げてしまう方もいます(この方については「他の人に会うのが恥ずかしい」という気持ちもあるようです)。

なので、主にご本人の様子は施設職員の方から聞き取りをしていますが、その話の中で強く印象に残ったのが「選択肢を提示することが幸せとは限らない」と言われたことです。
上記の方だけではなく、施設にいる他の方にもいえることですが、例えば「ケーキとアイスのどちらにする?」と言われれば、普通は「ケーキ」とか「アイス」と答えます。でも知的障害のある人は「両方」だったり「どっちも嫌」だったり「わからない」だったりすることがあります。時に選択肢がかえってストレスにつながる可能性があり、「そういう時は『両方』とか『どちらも嫌』という選択ができるときだけ選んでもらったりします」と仰っており、目から鱗でした。

本人の意思決定支援というと、私はより本人に選択してもらうことが良いことのように思っていました。でも本人の幸せという観点からいくとそれが正解とも言えないようで、ケースバイケースと言えばそれまでなのですが、後見業務の難しさに余計に迷いが出てきてしまいました。

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